Planetary Health
プラネタリーヘルス(地球の健康)とは、「人間の文明・社会の発展」と「それを支える自然生態系(地球環境)」の健康状態は切っても切れない関係にあるとする包括的な理念・学術概念で、持続可能な開発目標(SDGs)を包括的に捉え、人類の存続基盤である地球そのものを健全に保つことで人々のウェルビーイング(健康と幸せ)を達成しようとする、新しいパラダイムです。
2015年に英医学誌『The Lancet』とロックフェラー財団による特別委員会が提唱した概念ですが、国連開発計画(UNDP)や国連環境計画(UNEP)、世界保健機関(WHO)などの国際機関も気候変動や生物多様性の損失に対応する枠組みとして強く推進しています。
主要な観点
- 人間の健康と地球環境の相互依存
気候変動、森林破壊、海洋汚染といった地球規模の環境破壊が、感染症の拡大、熱中症や慢性疾患の増加、食料・水不足を通じた栄養不良など、人間の命と健康に直結しているという課題意識に基づきます。
-ワンヘルス(One Health)からの拡張
「人・動物・環境の健康を守る」というワンヘルスの考え方をさらに広げ、人間の政治・経済・社会システム(都市化や資源消費行動など)が地球システム全体に与える影響まで視野に入れます。
課題解決に向けたアプローチ
- 知見の統合(概念の枠組み)
気候学・生態学・医学・経済学など分野を超えた横断的な研究と教育を推進する。
- 社会・経済システムの転換
短期的な経済成長を優先する消費行動から、地球の許容量(プラネタリー・バウンダリー)の範囲内に収まる循環型経済へ移行する。
- ポリシーと行動への反映
気候変動対策(脱炭素など)を「地球環境のため」だけではなく、「公衆衛生や命を守る医療政策」として位置づけて意思決定を行う。
国際的な取り組み
- 処方せんとしての「自然(グリーン処方)」
英国(NHS)などでは、精神的・身体的不調を訴える患者に対し、薬の投薬だけでなく「公園での散歩」「コミュニティガーデンでの園芸作業」などを医師が公的に処方する「グリーン処方(Green Prescriptions)」や社会処方が導入されています。自然との親しみが人間の健康を改善すると同時に、緑地の保全意識を高める好循環を生んでいます。
- 食糧システムとプラネタリー・ヘルス・ダイエット
「人間の健康」と「地球の許容量(プラネタリー・バウンダリー)」を両立させる食事パターンとして、EAT-ランセット委員会が推奨している概念です。肉類や精製糖の消費を抑え、植物性食品(野菜、果物、全粒穀物、豆類・ナッツ類)を中心とすることで、生活習慣病の予防と農畜産業による環境負荷(温室効果ガス排出や森林伐採)の大幅軽減を同時に狙います。
国内での取り組み
- 大学・学術機関での先駆的取組
長崎大学は日本で初めて「プラネタリーヘルスへの貢献」を大学のメインスローガンに掲げました。感染症研究と海洋環境・熱帯医学を融合させた研究や、将来世代の視点を取り入れて政策を考える「フューチャー・デザイン」を用いた授業・教育を実践しています。
また、国内で「Planetary Health Alliance Japan Hub」などが設立され、日本独自の「里山・里海」の文化や東アジアの自然観を活かした地域モデルの研究・発信が行われるなど、学術ネットワークの展開がなされています。
- 国家政策・教育ガイドラインへの反映
日本の看護教育において、環境変化と人間の健康との関わりを学ぶ内容が盛り込まれるなど、看護教育モデル・コア・カリキュラムの改訂がなされ、医療従事者の育成段階から教育がスタートしています。
また、日本医療政策機構(HGPI)などの政策シンクタンクが、気候変動対策を公衆衛生政策や防災計画(暑熱対策・感染症対策など)と一体化させる政策提言を行い、政府の基本計画への反映を進めています。
- 地域・行政での「熱中症・感染症対策」
気候変動に伴う猛暑(熱中症リスク)や外来感染症の増加に対し、自治体による「クーリングシェルター(指定暑熱避難施設)」の設置や緑地化によるヒートアイランド現象の緩和策が進められています。これは単なる環境整備ではなく、市民の生命を守る直接的な健康対策として実施されています。
このように、プラネタリーヘルスは「個人の健康づくり(食事・散歩)」「医療現場での脱炭素化」「大学での学術研究」「国の防災・保健政策」に至るまで、多様なレベルで社会実装が進んでいます。