流域思考
流域思考とは、人間社会のあらゆる営み(都市設計、防災、農業、日常生活など)を、行政区画や敷地境界ではなく「流域(一つの雨粒が山に降り、川を経て海へと注ぎ出る水循環の面的な広がり)」を単位として捉え直す思考法・ビジョンのことです。
生態学者・思想家の岸由二氏らが1990年代後半から提唱している概念で、近年、気候変動による水害の激甚化や生物多様性の危機を背景に、都市計画や環境デザインの基盤思想として再評価されています。
進化生態学や行動生態学を専門としていた岸由二氏は、その科学的知見をベースに、地球上の生命や人間の活動は、すべて水循環(水脈)の上に成り立っているという視点を提示しました。行政区画で分断された社会に対し、「水が流れる単位(流域)」を共通の基盤として捉え直すことで、環境保全、防災、地域づくりを統合できると説いています。
従来の都市計画やインフラ整備は、市町村や都道府県といった「行政境界」で区切って考えられてきました。しかし、大雨による水害や外来種の繁殖、土砂崩れなどの自然現象は行政境界を無視して起こります。流域思考では、「水脈と地形によって作られた自然の単位」を人間社会の計画のベースに置きます。
流域の中では、すべての要素が連動しています。
このように「遠くの出来事」に見える問題を同じ水系でつながった当事者同士の問題として捉え、上流と下流の連携(例:下流の都市住民が上流の森林保全に出資する等)を促します。
従来の河川工学は「雨水を一刻も早くコンクリートの排水路で海へ流し去る(排除する)」考え方が中心でした。対して流域思考では、「水はめぐるもの」として捉えます。雨水を街全体で一時的に受け止め(浸透・貯留)、保全された生態系(グリーンインフラ)や豊かな水辺景観として都市の魅力に変えていく包括的なアプローチをとります。
想定を超える局地的大雨(線状降水帯など)が増加し、堤防を高くするだけ(河川敷・点と線の治水)では街を守りきれなくなりました。流域全体で水を溜める「流域治水」への移行が急務となっています。
自分の住む場所を「○市△町」という記号だけでなく、「自分は○○川流域の住民だ」と捉えることで、上下流が協力する広域的な防災・環境保全の合意形成がスムーズになります。流域思考とは、単なる環境保護のツールではなく、「人間が自然の循環システムにどのように寄り添って生きるか」を根本から学び直すためのフレームワークと言えます。