ソーシャルデザイン学科|前期 月曜2限|15201教室
CommentScreen
第14回 2026.07.20
授業の最後に、いくつか・・・
芸術とオリジナリティーについて
- 唄も踊りも壁画も・・もともとは神への贈りものでした。それは誰かが排他的に所有するものではなく、コモンズとしてみんなで共有されていました。
- 創作物が「商品」になった頃から、人間は自身の創作物を自身の「知的所有物」としてその権利を主張するようになりました。他人がそれを真似することや、AIで簡単に作ってしまうことを「ズルい」と感じるのは、創作物やそれを生み出すスキルが「商品」として「競争」の種になっているからかもしれません。創作行為を純粋に生きる楽しみ、神との交感のため・・と考えれば、真似するのはズルい・・というネガティブな感情は生まれません。私自身は、芸術的な創作行為を純粋に学問の対象として、生きる楽しみとして享受しています。
- オリジナリティという言葉を疑う人は少ないのですが、それは本当に個人に属するものなのか。その権利をみんなが主張する社会は健全なのか。私が知的財産権を主張しない理由は、いたってシンプルです。先人がそれを主張することが次世代の人の創作の自由を奪うからです。人が生き延びるということは、次世代にバトンを渡すことです。自分の利益を守るために、次世代の自由を奪うのは生き物として健全だとは思えません。
AIの活用について
- 写真術の登場で肖像画家は仕事を失いました。同様に、PhtoshopやIllustratorの登場により、アナログ的な写真修復やグラフィックのスキルは過去のものとなりました。そして生成AIの登場で、翻訳や速記といった知的スキルはもちろん従来型のデジタルスキルの多くも不要になり、仕事を失う人が続出しています。美術系の大学における教育は、今まさに大きな過渡期を迎えています。
- デザインを学ぶみなさんに求められるのは、デザインの上流、つまり問題を発見し、課題を定義し、課題解決のためのアイデアを出す部分になるでしょう。AIが得意なのは、デザインの下流である実制作の部分です。
- これまでは、実制作において「スゴいスキル」を発揮することが収入に結びついていましたが、生成AIの能力と比較すると、人間のスキルはドングリの背比べ状態と言えます。実制作において「スゴいものをつくる」ことではなく、その上流において「問題発見とその解決策を考える」・・これができるかどうかが分岐点です。幅広い教養がますます重要になるわけで、その面白さに早く気づくことができるといいのですが・・。
- そして必要になるのは、あなたが「高次のデザイナー」として、AIに正しい指示を出せるかどうかということ。AIが勘違いしないように、要件を的確にまとめたプロンプトを書く能力が必要です。幼稚な言葉でAIに実制作を丸投げすると「問題のあるもの」を作ってしまうことがあります。特にネットワークを介して動くプログラムに関しては、社会システムを破壊するリスクがあります。デザイナーであるあなたが責任をもてる範囲でAIの出力を利用するのが賢明です。
文明という病について
- 私たちホモサピエンスも生物の一種である以上、進化の途上にあります。しかし、その歴史のスケールに照らせば、文明以後の社会は非常に短く、私たちの体は、この特殊な文明社会には最適化されてはいません。体は狩猟採集民のままであると考えるのが妥当です。
- 若年層の多くが不安を抱えて、うつ状態にあります。文明病です。私たちの体は、狩猟・最終のための運動と一定量の発汗を強いられる状態に最適化されています。快適な温度環境でずっと座り続ける状態には最適化されていません。同様に私たちの体は、食料が乏しい飢餓状態を生き延びられるように最適化されています。いくらでも食べられる状態には最適化されていません。脳を含むあらゆる臓器がおかしくなるのは当然です。
- 生物の身体は定常解放系なので、物質・エネルギーが「流れている」ということが重要です。健康のために「栄養を摂る」ということに意識が行きがちですが、むしろ「不要なものを排泄する」ことの方が重要で、結果、物質・エネルギーの通り道となることが健康の秘訣です。
- 私たちの脳は、150人規模(ダンパー数)のバンドで人間関係を維持することに最適化されています。SNSを通じて多数の人間と常時コミュニケーションができる状態には最適化されていません。ストレスで疲れるのはあたりまえです。
- 人類は「文字」にはじまる情報環境の更新によって、集団の規模を拡大しました。人数が多くなれば当然、揉め事が増えて収拾がつかなくなります。それをなんとかするために生み出されたのが法律や宗教、そして、あらゆる物事の価値を貨幣という単一の指標に代理させるとともに、人間のスキルも含めてあらゆるものを「商品」に見立てるという発想です。私たちは、あらゆるものを「商品」として交換する「共同幻想」の社会を生きています。
- 共同幻想は地に足がついていない擬似現実なので、集団ごとに価値観や常識が異なります。これが集団間の揉め事の種となっています。したがって、ソーシャルデザインには普遍的な答えはありません。あえて言えば、集団間の揉め事が破滅を招くことがないように「社会システムを更新し続けるための仕組みをデザインする」こと、また「社会が抱える病理を暴き、人間を思考停止させないように情報共有のプラットフォームをつくる」ということが、ソーシャルデザインに求められているのではないか思っています。
- 問題の根源は、あらゆるものを「商品」とみなす・・という現代社会の前提にあるのではないかと思います。人間のスキルも商品、見た目も商品、だから「個人の能力」や「個人の見た目」を向上させようとするビジネスが横行し、世界を批判的に俯瞰するこごができない多くの人が、そんなビジネスの手のひらの上でころがされてしまうのでしょう。
- 「商品としての価値」は、常にテクノロジーによって引き摺り下ろされます。AIの登場によって奪われるのは「人間の価値」ではなく「商品としての価値」の部分です。したがって自身の「商品価値」を高めることを学びの目的にしてしまうと、賞味期限の短い能力開発に無駄な時間を費やす結果を招きます。企業が求めているのが「人材(収益に貢献する人的材料)」なので、大学もそれに応える・・という風潮がありますが、「人材」としての能力の賞味期限はますます短くなります。その証拠に最近では「リ・スキリングが必要です」という空気に便乗したビジネスが次々に登場しています。
- 能力主義(メリトクラシー)が人の商品価値を高める能力開発を推奨し、多くの虚業(実業の対義語)がそれに乗じて人間の不安を煽るビジネスを生み出しています*1。繰り返しますが、人材という「商品価値」を高めるために個人の能力開発競争をしたところで、AIと比べればドングリの背比べ。その種の能力はテクノロジーの進化によってすぐに代替されます。もともとテクノロジーは高い人件費を削減すべく開発されるわけですから「人材」としてのスキルを磨くとことには、はじめから未来がありません。大学の4年間で何を学ぶのか、思考停止せずに考え続けてください。
我々の体は狩猟採集民のままであることを思い出しましょう。必要なのはバンドのメンバーとして相互に助け合うことであって、競争に勝つことではありません。
第5回 2026.05.18
ソーシャルデザインの学びには、人類の歴史、文明と文化など、人間の社会全体を俯瞰する視点が必要です。今回は、人と社会の未来を「情報」の概念とともに幅広く考える話題を提供します。
前回の補足
人類と情報
コメント課題
あなた自身が身近に感じている「社会的な問題」について 200字〜400字で語って下さい。戦争、地球温暖化、少子高齢化などの「大きな問題」ではなく、あなたの身近なところにあって日常的に感じている問題を語って下さい。
回答フォーム
入力締め切り:2026年5月25日(来週の月曜)まで
第4回 2026.05.11
はじめに
- 第4回、第5回は、情報デザイン専攻 井上貢一 が担当します。
- 第5回の最後にコメント投稿を求め、単位認定の資料とします。
ソーシャルデザイン入門
「社会」について
意見交換
入学して1ヶ月、皆さんが今、困っていること、気になっていること・・
CommentScreen
第1回 2026.04.13
全体の進行
授業案内を学科サイトに掲載しています。
ご挨拶・自己紹介
- ソーシャルデザイン学科 情報デザイン専攻
- 研究領域:電子媒体を活用した情報共有
- 担当科目:ソーシャルデザイン演習、情報デザイン論、情報デザイン演習、
デジタルプラットフォーム、データサイエンス 他
大学での学びについて
大学の起源は古代にまで遡ります。それは、例えて言えば「知的好奇心旺盛なオタクの集まる場所」でした。みなさんがこれまで過ごしてきた「学校」は、複雑な社会への「適応訓練」が必要となった近代以降のもので、大学よりも歴史が浅い・・。大学での学びは、これまでとは根本的に質の異なるものになります。
この数年のAIの進化をふまえ、教育の目的を「能力開発」から「内発的動機の喚起」へとシフトさせました。試験の成績、資格取得、就職内定・・従来の教育は、競争を伴う「パターン認知能力」の向上を目的としたものが大半でしたが、AIが実用レベルに達した現在、人間同士の能力競争はドングリの背比べ状態となっています。
2022年末以降、いわゆる従来型の「評価」を廃し、学生同士の競争を無化することで、AIが持たない問題意識や好奇心といった「内発的動機」の喚起に注力しています。近現代の「学校」の常識はすべて疑う必要がある・・時代は大きな局面を迎えていると感じます。
「学校」というものについて
> 詳細は、私の担当回にお話します。
付記
成績評価・単位認定について
当科目の評価は、6名の担当教員の評価の平均をもって行います。担当教員ごとに、授業の中でレポートや課題について説明が行われますので、提出忘れ等がないように対応して下さい。